カタコンベ

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 手術を受けて入院したという知人を見舞いに、某病院へ。
 大病院なのでアクセスに迷うことはなかったが、到着してからが大変だった。入り口がどこにもないのである。日曜日だというのに入り口という入り口はすべて閉鎖され、「こちらではなく、あちらの入り口へお回りください」と貼り紙にある。
 しかし、「あちらの入り口」がどうしても見つからないのだ。院内のだだっ広い敷地をぐるぐる歩いて探すが、目印はどこにもない。
「これは、中に入るなということか」
 逡巡しつつ歩いていると、いきなり初老の女性から声を掛けられる。
「あのう、入り口はどちらでしょう」
 彼女もまた、中に入れず迷っているらしい。
 しばらく探し回ってから、「ここはあり得ないだろう」としか思えない狭苦しいところで入口を発見。

 中に入る。誰もいない。かなり大きな病院なのに、建物内を歩いている人間は自分だけだ。看護師もいない。何ひとつ音がしない。
 西日の当たる長い長い廊下をひたすら歩く。 
 めざす病室にいた知人は、大手術のあとにもかかわらず元気だった。しかし、隣のカーテンで仕切られた奥はしんと静まりかえった闇だ。
 沈みかけた夕陽が、病室の風景を黄金色に染め上げる。まるで西方浄土だ。
 手みやげを渡し、しばし世間話をしてから病室をあとにする。

 別フロアの誰もいない食堂に立ち寄って階下の景色を見下ろす。眼下に人気のない広い公園、その脇を真っ黒い川が流れている。ここは人の住む土地ではないと理解する。
 この場所に陽の気は存在しない、陰の気だけが渦巻いている。マイナスのエネルギーが支配する砂漠に、プラスのエネルギーを持つ生き物が足を踏み入れるとどうなるか。徐々にパワーを吸収され、やがて蒸発してしまうだろう。
 私は長い廊下を早足で通り過ぎた。曲がり角の飾り棚に、骨壺が置いてある。よく見るとただの丸い壺だった。
 
 私は場の影響を受けやすい。重い気分は帰路途中もずっと続き、帰宅して塩風呂に入ったあとも抜けなかった。まるで大量の血を抜かれたかのようにまったく何もする気が起こらず、ただ横たわるしかなかった。

2009.07.13