運転手

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 葬儀に参列。
 僧侶の読経から始まって弔辞、弔電の読み上げ、参列者の焼香と続き、約二時間で式が終了。
 出棺前、参列者が棺の周囲に集まってめいめい花を手向ける。
「ありがとう」
「さようなら」
「また会おうね」
 棺の中が真っ白いユリやランの花、菊、オンシジウム、極楽鳥花などでどんどん埋まっていく。花に囲まれて眠る故人の顔にもはや煩悩はない、ただやすらかに横たわっている。

 出棺。一同、マイクロバスに乗り込む。
 ほわんとクラクションを鳴らして寺を出発、故人の家のそばをゆっくり通り過ぎ、海沿いの道をしばらく走る。
 ちょうど8月のお盆どきで空は青く澄んでいるものの、前日にひどい雨が降って土砂が海に流れ込み、本来はブルーのはずの水が部分的にコーヒー色に染まっている。遠目に見ると、ものすごく大きな陰陽の太極図を描いているようにも見える。
 すごいねえ、海があんなふうになっているのわたし初めて見た、それにしても今日は暑いね、こんなに暑くなったことなんか今までないよねえ、あっよしおちゃんおなかすいたの、あっちに何かお菓子あると思うよなどと会話が飛び交うなか、バスは海辺を離れてゆっくり丘の上の火葬場に向かう。

 火葬場では小柄な職員がバスの到着を待っていた。初老の彼はタクシーの運転手がかぶるような白い制帽をかぶり、礼服の上に白衣をまとい、両手に白手袋をはめている。
 あの人はね、ずーっと昔からここにいるベテランなんだよ。
 そう聞かされてその職員を見ると、微笑みと憂いを同居させたような、柔らかさと剛毅さを兼ね備えたような、観音さまと不動明王を足して二で割ったような、何とも言えない不思議な顔つきをしている。
 棺が台車に乗せられ、そのままするすると炉内にスライドして収まり、扉が静かに閉じられる。
 扉の前で職員が脱帽して合掌。
 その瞬間、あ、この人は故人をあの世へ運ぶ運転手なのだと気がついた。
「お世話になります」と素直に乗り込む客ばかりとは限らない、「もう少しあれをやってから」とだだをこねる客、「あっちへ行くのはまだ早い」といやがる客、「絶対無理!」とかたくなに抵抗する客などいろいろいると思うが、いいんだよ仕方ないんだ、みんないつかはこうなるのさ、それが決まりなんだよとおだやかにときにきびしく諭しながら目的地へ連れて行くのがおそらく彼の仕事なのだろう。

 点火して焼き上がるまで2時間あまり。配られた弁当をつつき、茶を飲み、じっと座ってスマホをもてあそぶのにも飽きたので、待合室を出て広大な公園墓地へ散歩に行く。
 ・・・・・・かゆい。
 ヤブ蚊に食われた肌をぼりぼり掻きむしりながら、南中している太陽の下を汗だくで歩く。あまりにも暑すぎるので何も考えられない、単調に並ぶ灰色の墓石群をぼんやり眺めながらただ歩くのみ。
 彼方にそびえる緑の山の頂上を見やると白い巨大風車が建ち並び、くるくる静かに回っている。
 風が吹けば回るし、風がやめば止まる。仕組みはシンプル、ただそれだけ。
 のどが渇いたので控え室に戻り、生ぬるい茶を飲んでぐんにゃりしていると、みなが立ち上がり始めたので自分も立ち上がる。焼き上がったのだ。
 台車の上にはほかほかの白い骨。
 箸を渡され、骨を拾う。力を入れると粉々に砕けるのでそっとつまみ、骨壺に入れる。そういえばその昔「骨まで愛して」という歌があった、あれはすごい歌だったんだなあと思う。
 白い制帽の運転手はのど仏を拾い、手際よく骨壺に収めている。
 収まるべきところにすべてが収まり、骨上げ終了。
 お疲れさまでした、では戻りましょうかとみなでバスに乗り込む。
 日が少し西のほうに傾いても、相変わらず暑い。セミがみんみん大合唱するなか、ブルルンとエンジンがかかる。そうだ、あの運転手はどうしただろうと振り向くと火葬場にはもう誰の姿もなく、何ごともなかったかのように白々としている。
 バスが静かに坂道を下り始める。うたたねから揺り起こされるような中途半端な気分になる。海はやっぱりコーヒー色に濁ったままだ。