遷座

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 いつの間にか立秋が過ぎ、処暑が過ぎた。
 処暑と言えば「暑さがおさまり朝夕は涼しくなる頃」のはずだが、そういう気配はみじんもなく、夜になっても逃げ場のない熱気がむわっと空中をさまよっている。こんなに暑い夏は久しぶりだ。
 
 夜、神楽坂を歩いていると人だかりに遭遇した。赤城神社の遷御の儀の真っ最中だった。
 人垣の中に入ってしばらく見ていると、裃(かみしも)を着てたいまつを持った人の後に続き、正装した神職が4人、ぼんやり光る白い絹垣の柱を持って歩いてくる。
 四角く囲われた絹垣の中にはもうひとり神職がいて、御霊(みたま)を捧げ持ってするする歩いていると思われるが、中は見えない。もちろん、のぞき見してもいけない。一般人が御霊の姿をじかに見ることは禁じられているのだ。
 白い絹垣がふわりと目の前を通り過ぎた瞬間、何かものすごくピュアで稚拙なもの、わかりやすくたとえるならケガレのない稚児のようなものの存在が感じられた。「原型」という言葉が頭をかすめる。
 それは一見すると弱々しくてはかないが、いざとなると人知を越えたすさまじい力を発揮するのではないか。だからこそ世間から隔離され、機嫌を損ねないよう、うやうやしく神殿に奉られているに違いない。
 和御霊(にぎみたま)と荒御霊(あらみたま)。神さまには両極の二面性がある。だからこわい。

「暑いぞ、この国はいつからこんなに暑くなったのじゃ」
 白い絹垣にガードされた神さまは、久しぶりに娑婆に出てさぞびっくりされたであろう。
 新しい本殿に鎮座ましましたあと、冷たい水や酒、もしかするとビールまでもグビグビ飲まれ、プッフワァーッ!! もっと持ってこーいっ!!! と鼻の下に白いヒゲをふちどられたであろうことは想像に難くない。

2010.08.24