年の瀬の3つの話

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★神社
 大祓の人形(ひとがた)に思いっきり息を吹きかけて神社へ持参。毎年末たいてい天気がいいのは大掃除や参拝に不自由しないようにとの天の采配か。
 雲ひとつない青空、日陰は冷たく、日なたは温かい。
 暮れの神社は人がまばら、空気が澄んでいて気持ちがいい。
 今年も1年間ありがとうございましたと神前で頭を下げてから人形を納める。
 ああこれでひと安心、しかしこの階段を転げ落ちたらしゃれにならんわいと自分をいましめつつ、ものすごく急な階段をゆっくり降りた。 

★白い犬
 郵便局へ行く途中、初めての裏道を通ると古ぼけた店の前に白い中型犬が店内を向いてせつなそうに座っている。首輪はついているがリードはついてない。
 どうしたの1人でなにやってんのこのお店に住んでるの、それにしちゃ店と距離置いてるじゃんもしかすると何かわけありでしめ出されたのといそいそ近寄る。
 日本犬系の雑種、老犬のせいかぶよぶよ太め。手を差し出すと立ち上がって指のにおいをクンクン嗅ぎ、それから困ったような目をしてこちらと少し距離を置いた。
 あこいつ警戒してやがる、なんだよ自分は大の犬好きなんだぞとアピールするが何の効き目もない。犬も人間も年寄りはがんこだ。
 仕方ないので手を引っ込め、悲しみを覚えつつ郵便局へ向かった。 

★遊就館
 市ヶ谷へ出かけたついでに靖国神社へ。ここはいつ来ても凛と引き締まった空気が流れていて、自然に背筋が伸びる。
 拝殿で頭を下げてから、戦争で亡くなった人の遺品を展示した遊就館へ。
 館内は想像以上に広い。最初は歴史の教科書に出てくるような鎧や刀などが展示されてやんわりした雰囲気だったが、歩き進むうちしだいにシリアスな様相を帯びてきた。
 女性の髪で編んだ真っ黒い太縄(白髪も交じっている)とか血染めの白シャツとか弾が貫通してぼろぼろになった軍服とか独身のまま命を落とした息子に贈った花嫁人形など、せつない思いのこもった遺品が数え切れないほど展示されている。
 最後は戦争で亡くなった人たちの顔写真がずらり。いったい何千枚あるのかわからない。もちろん、同じ顔はひとつもない。精悍な顔、やんちゃな顔、やさしい顔、気弱な顔、思慮深い男性の顔に混じり、まだ少女の面影を残したあどけない女性の顔もある。
 あまりにも無邪気で屈託のない笑顔。みんな、もっと生きたかっただろうなあ。生きてれば楽しいことがたくさんあっただろうになあ。
 はかない笑顔に取り囲まれるうち、涙が出てきた。
 外に出るとすでにあたりは暗く、伝書鳩や軍犬や軍馬の像がひっそり立っている。 動物も大変だったなあと思う。
 再度拝殿へ戻り、深く頭を下げた。
 ここに祀られている人たちは、今の日本を見てどう思うだろう?
 ふとそう考えた。
 愛のない国になってしまったなあ。
 そんな声が頭の中に入ってきた。
 境内の南門から出て靖国通りを歩く。
 じゃあどうすればいい? 誰だって愛がほしい、でもその方法が見つからなくて悶々としてる。
 簡単だよ、人にやさしくすればいいのさ。人にやさしくすると、人からやさしくされるだろう。その繰り返しで人はだんだん幸せになっていくんだよ。
 市ヶ谷駅が見えてきた。紺色の街に、飲食店の灯りがふんわり輝いている。いい色だなあ、この年末は冷たい人も温かい人もみな等しく温かい光に包まれますようにと横断歩道を渡りながら祈った。

2010.12.19