五黄殺の飲み会

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 飲み会に参加。あまり気乗りがしなかった。
 体調が今ひとつだったこと、メンバーが猛者(=クセ者)ぞろいなど理由はいろいろあったが、もうひとつ付け加えるなら自宅から見た店の方位が日・月・年ともに「大凶」とされる五黄殺だったことが挙げられる(五黄殺とはやることなすことすべて裏目に出る方位のことで、楽しいはずの旅が後悔だらけの旅になると言われる)。
 いや方位のパワーなんて思い込みに過ぎない、そんなものは全然気にしなくていいと自分に言い聞かせて家を出た。 
 待ち合わせ時間よりかなり早く着いたので駅ビルの書店で本を買い、コーヒーショップでしばらく読んでから店に向かった。
 あらかじめネットで店のホームページから地図をプリントアウトしておいたおかげで、すんなり目的地に到着。
 しーん。誰もいない。
 店の女の子に「○○さんで予約を取ってあると思うのですけど」と聞くと「ああ、2階にいます。お1人、もういらしてますよ」とたどたどしい日本語でらせん階段の上を指さす。
 なあんだそうか1階じゃなくて2階を予約していたのねと階段を上ると誰もいない。
 じゃあすでに来ている1人ってどこにいるの、トイレにでも入っているのとコートを脱ぎ、誰もいないテーブルでしばらく待つ。待っても待っても誰も来ない。トイレからも誰も出てこない。
 店の中は薄暗い。音楽も鳴っていない。いきなり携帯が鳴った。
「いまどこ? 待ってるから早く来て、えっ2階? この店2階なんかないよ何言ってんのいったいどこの店にいるの」
 あわててコートをはおり階段を下るとさっきの女の子はどこにもいない、どころか店には誰もいない。

 外に出て向かいの焼き鳥屋の若いお兄ちゃんに「あのう○○という店はここでいいんですよね、看板出てますもんね、でももしかすると他に同じ名前の店ってありますか」とたずねると「この店ヘンな名前ですよね、たしか駅の反対側にもう1件ありますよ、場所は知らないですけど」と言われる。
 駅に向かいながら携帯で「たしかに駅のこっち側って言ったよね、どういうことだこれはぁ」と怒りを込めて言うと「あははごめんごめん、どうしてそんな変なほう行っちゃうの、あっそうかオレ間違えた西口店じゃなくて東口店、そっちじゃなくてこっち、そこからの道すじわからないから適当に歩いてきて、面倒だったらタクシー拾えばいいじゃん、早くおいでよーあははははは」と脳天気な返事が帰ってきた。
 お前から誘っておいてそれはないだろうさんざん歩かせやがって東口店の地図なんか持ってねえしいっそこのまま帰ってやろうかええおいコラぁと心の中でののしりながら冬土用の寒い寒い街を歩く。

 30分ほど歩いてようやく目的地に到着。ガラス越しに知り合いが2人、大口を開けて笑っているのが見える。
 思い切り眉間にしわを寄せて席に着くと「ごめんごめん、あはははははそうか店間違えちゃったんだぁー」とうれしそうに笑う。思い切りガンを飛ばしてからビールをグパッと飲む。
 その後遅れてやってきた若いのが何人かテーブルに加わる。まったくの初対面。あれっメンバー増えるの聞いてなかったけどまあいいかと勢いでビールジョッキ2杯あけて梅酒サワー飲み干して赤ワインにも触手を伸ばした。
 これ以上飲むとやばい、あっ時間も時間だしそろそろ引き上げようかなと席を立ちトイレに入る。
 鍵がなかなか閉まらない。立て付けの悪さに閉口しながらやっと金属のつまみをぼこんと横に倒した。
 用を済ませ、手を洗い、よし帰ろうとつまみを上げようとするとつまみが上がらない。ドアを押したり引いたりしながら鍵をガチャガチャやるがつまみは固まったままびくともしない。
 まずいぞ携帯をテーブルに置いてきたしこのドアとてつもなくぶ厚いから中で大声出しても誰にも聞こえないだろう、あっそういえば自分は閉所恐怖症だったと気づき、一気に酔いが覚めた。鍵と格闘するうち「五黄殺」という文字が頭の中にぼんやり浮かび、やがてくっきりあぶり出された。
 もしかすると自分はこれからヘンな名前の店の狭くて薄暗いトイレでしばらく人生を過ごさなければならないのだろうかと絶望しかけてしばらくすると、魔法が解けたようにいきなりスッとつまみが動いた。
「ふふふ、楽しんだかね?」
 悪意たっぷりのささやきに耳をそむけてトイレから脱出し、席に戻る。
「どうしたのずいぶん長かったですねだいじょうぶですかあ」と目の焦点の合わない女子に微笑みかけられ、ああだいじょうぶですどうかお気になさらずにじゃあ自分は帰りますからと金を置いて逃げるように店を出た。
 あははははは何なのおかしいよおかしすぎるよそれと馬鹿みたいに高笑いする声が背中から矢のように追いかけてきて、危うく突き刺さりそうになった。

2011.01.18