あんみつ屋

 天神様にお参りした帰り道、小腹がすいたのでどこか適当な店はないかとあたりを見回すと、あんみつやみつまめ、ところてんなどを供する甘味処がぽつんとあった。
 老舗の店らしく、ひさしが黄土色に色あせ、建物の輪郭がところどころぼやけたようにくたびれている。
 古いなあ、でも他に店はないし何か甘い物食べたいしたまにこういうとこ入るのも悪くないかなと無理に決心してぎぎぎと引き戸を開けた。 
 棺桶くらいの大きさの真っ黒い柱時計が、ほこりの堆積した暗い店内で静かに時を刻んでいる。短針は4を少し過ぎている。
 中途半端に広い店内は3方を壁に囲まれ、西側のくもった窓ガラスから長い夕陽が憂鬱そうにさし込んでいる。日の当たる場所以外は薄暗い。
 客は私のほかに老婆と中年女性がひとりずついて、ところてんとかくずもちなどを食している。窓際の光の当たる席が空いていたのでそこに座り、しばらく待つと若い女性店員がオーダーを取りに来た。ぷっくり太った娘だ。餅のように色が白い。
 あんみつと抹茶のセットを注文し、暇つぶしに携帯をもてあそび、それにも飽きてぼうっとする。左側の窓から右側の壁奥へまっすぐ走るオレンジ色の光の中で、細かいほこりの粒子がゆっくり宙を泳いでいる。

 老婆が席を立ち、ほどなく中年女性が立ち上がり、会計を済ませて店を出て行った。
 目の前にあんみつと温かいお茶が運ばれてくる。黒蜜を回しかけ、干し杏子を食べてスプーンで四角い寒天をすくい取る。ぎゅうひはもう少しあとだ、黒蜜が染みてから食べるのがおいしいんだと自分に言い聞かせる。
 あれ? 背中が寒い。それとなく後ろに眼をやると、ひんやりとした闇が広がっている。
 暗くてよく見えないや、それにしても明と暗のコントラストが強い店だなあと前を向いて再び食べようとした瞬間、自分の真後ろのテーブル席に若い女性が座っている気配を覚えた。肉眼で見ているわけではないが、後頭部でそう確信した。
 何だか寂しそうだな肩に手を伸ばしてくるなよ耳元に話しかけてくるのもだめだそのままそこにじっとしていてくれと心の中で願いつつぎゅうひと寒天をすくい取り、お茶を一気に飲み干して立ち上がろうとすると店員が「お茶いかがですか?」とニッコリ笑って有無を言わせずあつあつのを注いでくる。あああありがとうと答えて仕方なく湯のみに口をつけるが、熱いのでほんの数滴ずつしかすすれない。
 カッチコッチカッチコッチと大きな振り子がゆっくり揺れている。背中にぞぞぞと鳥肌をたてながらやばい、やばいぞここ、長居は無用だ何か立ち上がるきっかけがほしいなあと悶々とする。
 入り口でぎぎぎと重い音がして親子連れが入ってきた。長い髪が蛇のように乱れた女の子は小学校1年くらいか、なぜか知らないが白目をむいている。
 何でもない顔をして椅子を引き勘定書をつかんでレジに向かう。後ろは決して見ない。ひたすら引き戸の外に意識を向けながら、早くおつりをくれ一刻も早くここから脱出したいのになぜいつまでもぐずぐずレジを打っているのだと気をもむ。
 入ってきた親子連れは店の奥、ちょうど目に見えない女性が座っていたあたりにちょこんと座り、薄暗がりからじっと私を見ている。

2011.01.25