ファイアーフラワー

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 文京区の湯島天神で梅見。前日の雨で大量の花びらが散ってしまったもののまだまだいける、「雨上がりの梅はきれいねえ」のほめ言葉にパッとほほを染めて満開ぶりにますます拍車がかかる。梅は桜に比べると礼儀正しく謙虚な花だがそれでも300本そろうとさすがにすごみが出る。
 本殿を参拝してからほかほかの甘酒を買って赤いベンチでひと休み、白髪の爺さん婆さん中年女性の二人連れ着物姿のあでやかカップルカメラを手にした独身メンズなどさまざまな人がひっきりになしに訪れる。みんな春の陽気に誘われてうきうきとやってくるのだ。そういえば今日は大安、日本中で結婚式が繰り広げらているに違いない、めでたいのうと甘酒をぐっと飲み干してから神社を後にした。

 神社近くの和菓子屋で道明寺と桜大福を買い、上野のデパ地下で焼き鳥も買い、さあ帰ろうと地下鉄に乗った。
 さすがに日曜日の夕刻の車内はガラガラに近い空(す)きっぷり、余裕で連結部近くの端っこの椅子に座ると目の前に父親と5〜6歳の男児とベビーカーであばあばしている乳幼児の合計3人連れが座る。
「ファイアーフラワー! ファイアーフラワー!」
 機嫌の良さそうな男児がひとりで一生懸命連呼している。
 もしかしてマリオをファイアーマリオへとパワーアップさせるフラワーのことかい、ボク私はな、マリオの創世記を知っているんだぜとほんの少し得意に思うと同時に、あ〜あそれにしても生きるって面倒なことだらけ、いつどんなときも何かしらストレスがついて回るのはなぜなのかといきなり現実に目が向いて憂鬱な気分になる。ネガティブな思いはいつでも唐突にやってくる、それは気まぐれな風のようなものだ。

「ファイアーフラワー! ファイアーフラワー!」
 ファイアーフラワーがいったいどうしたんだバカのひとつ覚えみたいだぞと風に取り巻かれながら思っていると目の前の父親が立ち上がった。ベビーカーを押す父親に続き、男児が私の顔をちらりと見て降車。「お前、同類だろ?」とアイコンタクトされる。

 ホームに降り立った男児は自分に向かってそろそろと手を伸ばしている。あ、彼は自分に手を振りたいのだなとわかり、大きく手を振ってやると同調して向こうも大きく手を振り始めた。
 扉が閉まり電車に加速がつき始めてもなお男児は手を振り続け、しまいにホームを走って追いかけてきた。この瞬間に風が跡形もなく消え去り、かわりにファイアーフラワーに触れたマリオが手から発射するファイアーボールのようなものが心の中でぱふっぱふっといくつもはじけ出した。その火の玉のことをわかりやすく言うと「希望」という言葉に置き換えられると思う。「この世だってそんなに捨てたもんでもないじゃん」という希望である。
 そうかあの坊主こそがファイアーフラワーだったのだな、さては梅の精かと気づいたころ目的の駅に到着。「パパッパッパパッパ♩」というマリオの出だしのテーマ曲を唐突に思い出し、気分よく口ずさみながら真っ暗な道を歩いた。

2011.03.23