黒い下着の救世主

 今までレディ・ガガにあまり興味はなかったのだが、来日したときの記者会見を見て「おっ」と思った。まぶたに目を描き、会見中もずっと目を閉じているのである。ものすごく大きな目をした生きアニメ。日本ではこんなことをするアーティストはいない、芸人くらいだ。
 この人、いったいどういう人なのだろうと興味が湧いてYou TubeでMTV主催のチャリティイベント(2011年6月25日@幕張メッセ)のライブを見る。
 1曲目は初音ミク、2曲目はチュンリー(ストリートファイターに出てくる香港の女ファイター)によく似た出で立ち。さすが日本文化をよく研究していらっしゃる。豊かな声量と鍛えられたダンスであっという間に場を支配し、10分で幕張メッセに独自の世界を構築。 
 さらに過去のPV(プロモーションビデオ)を見てみた。
「これでもか」と攻めてくる下品&露悪&過剰なファッションセンスは別ベクトルのVOGUEの世界。手っ取り早く言えばゲイワールドだ。
 特に「Born This Way」のPVで繰り広げられるのはキッチュで悪趣味なドラァグクイーンの夢を体現した耽美なディズニーランド。「Born」と「Bone」をかけているのか後半で骸骨のカップルが登場してくる。
 生殖のないゲイの恋にはどうしても死の香りがつきまとう。骨まで愛してしゃぶりつくしたら後は土に還るだけ、だからこそ彼らが表現するアートは刹那的でドラマティックなのだ。
 本人が同性愛者かどうかの真偽はともかく、ゲイ文化に馬乗りしたガガは後先を考えないラジカルさを体現して観客を脅かす。「Born This Way」のジャケ写の顔なんて鬼婆じゃないですか。夜中にあの顔が空中に浮いてたら失神しますよ。
 その一方でピアノを弾きながら「私はいじめられっ子だった。でも夢をあきらめなかったおかげでここまで来られたの。だからあなたたちも夢を捨てないで」と涙ながらに語る。
 お、過激だけどやっぱり根はまともなんじゃんと観客は安心してガガに同期し、憧れて後を追う。こういうアメとムチの使い分けはスターの方法論としてとても正しい。

 ところでガガは3月28日生まれだそうだが、もしそれが本当ならバリバリの牡羊座である。牡羊座は鋭いインスピレーションと直感力、そして並外れた行動力を持ったチャレンジャーとされている。「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」の世界ですね(by 高村光太郎「道程」)。
 たぶん彼女の頭の中は常に沸騰したポットのごとく新しいアイデアが湧き続けているのだろう。そしてそれを具体的な形に出来るすぐれたスタッフ(たぶんゲイ)がついているのではないか。
 自分だけにしか表現し得ないオリジナルの個性をアピールして多くの人に認められることが小さい頃からの彼女の唯一の喜びであり、またそれが天職だと思っているに違いない。
「変わっている」と驚かれることはガガにとって何よりのほめ言葉だ。しかし素の彼女はたぶんそれほどセクシーでも攻撃的でもストレンジな人でもないだろう。素直で思いきりのいい努力家だ。

 銃とドラッグと貧困がどろどろに混じり合う黒い海であっぷあっぷとおぼれかけるアメリカの若者たちは、ガラスの摩天楼で微笑むガガに必死で手を伸ばす。
 ガガが好んで着る衣装はビスを打った黒い下着だ。それはセックスと暴力を意味する。
 ガガの前にはマドンナというよく似た姿の救世主がいた。残念ながらアメリカにもうキリストはいないのだ。
 はたして彼らは救われるだろうか?
「だいじょうぶよ。みんな愛しているわ」
 そういってガガが手をさしのべても、海面から摩天楼の最上階まではあまりにも距離がありすぎる。やがて白や黒や黄色など色とりどりの手は寒さに震えながら力尽きて沈んでいく。
 摩天楼の中でにっこり微笑むガガは、まるでピエール&ジルが描く美しい絵のようだ。それはまぶたに描いた目のようにはかなくてまったく実体がない。

2011.07.08