満月の羽田空港

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 仕事ばかりしていると心と身体がギュッと内側に凝り固まるので、機を見てほぐさなければならない。心と身体をほぐすには見晴らしがよくてふだんあまり行かないところへ行くのが一番、ちょうど今は満月だからついでに月光浴もしてやろうと羽田空港へドライブ。
 第一京浜を表示に従ってブンブン進んでいると途中からふっと街が消えて人気(ひとけ)が皆無になる。うわあなにこのモノトーンの世界、まるで人工未来都市のチューブの中を走っているみたい、このトンネルは海の下にもぐっているの、狭いところ苦手なんだけどずいぶん長いな、あれっ第1ターミナルと第2ターミナルの違いがよくわからない、まあいいかと選択肢を適当に選んでパーキングに愛車を止め、足を踏み入れたところが第2ターミナルだった。
 第1と第2の違いはどうやら航空会社の違いらしい。
 到着ロビーに出発ロビー、へええけっこう人がいるじゃん、こんな夕暮れから飛行機に乗って北海道や九州へ出かける人もいるの、うーんここは寂しさとなつかしさと哀愁に満ち満ちた空間だぞと独り言を言いながら展望デッキへ上る。
 扉を開けて外に出るとすでに真っ暗、オレンジ色のまん丸い月が空中にどかんと浮かんでいる。ああ中秋の名月。
 風はまだまだ湿気の多い夏の熱風、でも確実に秋のにおいが混じっている。
 白くて大きな飛行機が力強くうなりながら目の前の滑走路を左から右に走り抜け、月の真下でふわりと浮き上がる。あんな鉄のかたまりが浮くなんてウソみたいと思っている間にどんどん高度を増し、やがて見えなくなった。
 しばらくするとまた別の飛行機がきいいいいーんとうなりながら走ってきてはまたふわりと浮いて空の彼方に消えていく。その繰り返し。
 飛行機が飛ぶなんてここではまったく日常茶飯事、その活発な運行ぶりはまるで山手線、そうか地球は自分を放っといて勝手にガンガン回っているのだなと気づく。
 まわりを見ると2人乗りベンチを無心にこぐカップルや1人たたずむシングル女性、テーブルでパソコンを広げる男性などがあちこちに散らばっている。
 月は一段と明るさを増してこうこうとおだやかな光を放っている。丸い丸いまん丸い、しかも金色なので思わず財布を月光にさらして金運アップの願掛けをしようかと血迷ったがやめておいた。
 お金というのは自分の運と努力の末に後追いしてくるもの、月にとっては人間の勝手な願いなんか知ったこっちゃないし、一生懸命手を振っちゃってバカみたい何やってんのと冷笑されるのがオチである。それよりもう少しぼんやりしようと決め、月明かりに照らされる飛行機の群れをながめる。
 どこからかリーリーリーとスズムシの声、ああ季節は確実に移り変わっている、自分の気が張りめぐらす小さな球体の中で四肢を踏ん張ろうと踏ん張るまいと時間は勝手に前に進んでいると気づいた瞬間、心と身体がぐにゃりとほぐれた。

2011.09.05